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8.282023

【弁護士コラム】相続に関わりたくない場合はどうする?

執筆者プロフィール

弁護士 渡辺 菜穂子

虎ノ門法律経済事務所に在籍。不動産、遺産相続、借金問題・債務整理、離婚・男女問題、労働問題・労務管理、企業法務の分野で活動を行っている。「ご依頼を受けた案件は、綿密な打ち合わせや準備をしたうえで、判例や法律文献を徹底的に調査し、満足いただける最善の結果を出す」をモットーに、弁護士活動を行っています。

渡辺菜穂子弁護士を詳しくお知りになりたい方へ

  • 1.「相続放棄したい」…どんな方法がある?
    • ⑴ 遺産分割は全員でしないといけない
    • ⑵ 遺産はいらない、手続に関与したくない、関わりたくない
    • ⑶ 種類は3つ…「相続放棄」「相続分の放棄」「相続分の譲渡」
  • 2.「相続放棄」とは
    • ⑴ 意味内容
    • ⑵ 手続の方法・期間制限
    • ⑶ できない場合
    • ⑷ 他の相続人の反対がある場合
    • ⑸ 手続の効果
    • ⑹ 相続放棄をした方が場合
  • 3. 「相続分の放棄」とは
    • ⑴ 意味内容
    • ⑵ 手続の方法・期間制限
    • ⑶ 他の相続人の反対がある場合
    • ⑷ 手続の効果
    • ⑸ 他の手続との違い
  • 4. それぞれの段階での注意ポイント
  •  ① 契約成立段階の注意 
  •  ② 普通借家契約から定期借家契約への切り替え 
  •  ③ 再契約をする場合 
  •  ④ 契約終了段階 
  • 5 まとめ

1 「相続放棄したい」…どんな方法がある?


⑴ 遺産分割は全員でしないといけない

 相続が発生すると、被相続人が死亡時に有していた財産(これを遺産といいます)について、個々の相続財産の承継者や承継方法(遺産の分け方)を確定させる手続が必要になります。これが遺産分割です。

遺産分割は基本的に、相続人全員が関与して行わなければなりません。

 つまり、遺産分割協議書を作成する場合には、場合によっては話し合いに関与して遺産の分け方を決め、遺産分割協議書を作成し、それに相続人全員で署名・押印をしなければなりません。また、家庭裁判所で行われる遺産分割調停でも、遺産分割審判でも、法定相続人である以上、調停・審判という形で決着するまで、当事者として関与しなければなりません。

⑵ 遺産はいらない、手続に関与したくない、関わりたくない

 しかし、相続人の中には、被相続人の遺産を特に欲しいとも思わず、他の法定相続人とは一切関わりたくない・手続に関与するのも面倒だ、と思っておられる人もいると思います。

 このような人が、話し合いや裁判手続が決着するまで、延々と遺産分割協議、遺産分割の調停や審判に関与することは無意味です。そのような場合に、相続人が、遺産に関する一切の権利を放棄して他の相続人に任せ、遺産分割の手続から抜けるための手続きがあります。

⑶ 種類は3つ…「相続放棄」「相続分の放棄」「相続分の譲渡」

 遺産分割で一切の遺産をもらわないことは、「相続放棄」と認識されており、この言葉がよく使われていますが、実は、特定の相続人が一切の遺産をもらわないという手続きは、法的には3種類あります。

 それが、「相続放棄」「相続分の放棄」「相続分の譲渡」です。

 この3つは、よく似ているようで、実はそれぞれ、手続の方法も手続の効果も全く違うのです。

2 「相続放棄」とは


⑴ 意味内容

 相続放棄とは、被相続人の遺産について、資産も負債も一切の権利義務を、最初から引き継がなかったものとして放棄することです。民法938条以下に規定されています。

⑵ 手続の方法・期間制限

 相続の開始があったことを知ったときから、3か月以内に、家庭裁判所(被相続人の最後の住所地の家庭裁判所)にその旨の申述をしなければなりません(民法)。

⑶ できない場合

法定単純承認事由(民法921条)がある場合には、相続を単純承認したものとみなされ、相続放棄ができなくなります。法定単純承認事由とは、相続発生後に、相続財産を既に費消・処分してしまった場合などです。

⑷ 他の相続人の反対がある場合

 相続放棄手続は、他の相続人の反対があっても行うことができます。 

⑸ 手続の効果

【相続人や相続分の変動】

相続放棄をした場合、その相続に関しては、最初から相続人ではなかったものとして扱われます(民法915条1項)。そうなると、もともと相続人でなかった者が相続人となることがあります。

 以下のような場合、当初の相続開始時点では、法定相続人は、妻と子です(相続割合は1/2ず)。

 この状況で、もし被相続人の子が相続放棄をした場合、子は、最初から相続人ではなかったことになります。ということは、被相続人の法定相続人は、子がいない夫婦の一方の相続の場合と同様、被相続人の親が存命の場合には、被相続人の親と妻(相続割合は1/3と2/3)が、被相続人の親が既に死亡している場合には、被相続人の姉と妻(相続割合は1/4と3/4)が、相続人となります。

  なお、妻が相続放棄をした場合には、子のみが相続人となります。               

             

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【相続債務】

相続放棄によって、相続債務も一切免れ、債権者に対しても、自身が相続債務を負わないことを主張できます。

(6) 相続分の放棄との効果の違い

  相続分の放棄の場合、相続人の地位は失うことはなく、あくまで相続人同士の間で相続の放棄をした者は、遺産についての権利・義務一切を承継しないということになります。

相続分の放棄によって、後順位の法定相続人に相続権が移ることはなく、他の相続人の相続分が、自身が放棄した分増えるだけです。

また、相続分の放棄の場合、相続債務の負担義務を免れることはできないので、債権者からの返済要求などに対して法的には返済義務を負うことになります。

(7) 相続放棄をした方が場合

 被相続人に多額の債務があり、これを承継したくないということが、相続に関与したくない主な理由の場合です。

3 「相続分の放棄」とは


⑴ 意味内容

 相続人が、相続による遺産の共有持分権・相続分を放棄することです。民法に相続分の放棄に関する規定はありませんが、実務上はできるとされています。

⑵ 期間制限や手続の方法

 相続が開始してから遺産分割までの間であれば、いつでも可能です。

 方式は問わないとされていますが、相続分の放棄の意思を明確化する趣旨で、「相続分放棄証書」といった書類を作成して、署名・押印し(実印押印)、印鑑証明書を付けて、他の法定相続人に交付するという方法が考えられます。

 また、既に家庭裁判所での遺産分割調停・審判手続が進行している場合には、家庭裁判所が用意した所定書式に署名・押印等をして、家庭裁判所に提出するということでも可能です。

⑶ 他の相続人の反対がある場合

 家庭裁判所の調停・審判手続においては、家庭裁判所に書類を提出すれば、他の相続人の反対があろうと、手続に関与する必要はなくなります。同意があろうとなかろうと、事実上、自分の除いた調停・審判手続で遺産の分け方が決められることになります。

 ただし、調停・審判ではなく、遺産分割協議をする場合、他の相続人が反対している場合には、結局のところ自身を除いた遺産分割協議が成立することもないと思われますので、他の相続人が自身の相続分の放棄に了承していなければ、いつまでも遺産分割が完了しないことにはなります。 

⑷ 手続の効果

【他の相続人全員の相続分の増加】

 実務的には、共有持分の放棄に関する民法255条(その持分は他の共有者に帰属する)の規定を類推し、放棄者の相続分の合計を、それ以外の相続人に、その相続割合に応じて再配分して帰属することになります。

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 ●Eだけが相続分の放棄をした場合

  簡単な計算方法としては、「全員の相続分について分母を合わせ(通分)、相続分放棄者の分子の合計値を分母から減ずる」という方法で簡単に計算できます。

 A~Dの相続分  1/(10-1)=1/9

 妻の相続分   5/(10−1)=5/9

 

 ●C,D,Eの3人が相続分の放棄をした場合

 A・Bの相続分  1/(10-3)=1/7

 妻の相続分   5/(10−3)=5/7

【相続債務】

 相続放棄と異なり、相続人の地位を失うことはないので、相続債務(借金や、被相続人が負っていた義務)の負担を、債権者に対して免れることはできません。

⑸ 他の手続との違い

ア 相続放棄と相続分放棄・相続分譲渡の違い

 手続の難易や期間制限の有無など違いがありますが、手続による結果の違いは、相続債権者との関係です。債権者との関係でも、相続債務を一切免れたいという場合には、相続放棄しかありません。但し、相続放棄の場合には、「自身が相続財産を取得せず、その分を他の相続人が取得する」、という効果だけでなく、後順位の者が新たに相続人になることもありうるので、注意が必要です。

イ 相続分の放棄と相続分の譲渡の違い

    相続分の譲渡と違う点は、相続分の放棄の場合、特定の相続人の相続分を増加させるのではなく、他の相続人全員の相続分を増加させるという点です。実務上は、「財産はいらない」「手続に関与したくない」と言う場合は、相続分の放棄よりも、以下の相続分の譲渡の方が多く行われていますが、特定の相続人の相続分だけ増加させることには抵抗がある場合などは、相続分の譲渡ではなく相続分の放棄の方がよいと思われます。

4 「相続分の譲渡」とは


⑴ 意味内容

 相続人が持つ、遺産全体に対する包括的な持分と法律上の地位をと、他の者に譲渡するということです。つまり、積極財産(プラスの財産)も消極財産(債務など)も含めた遺産に対する譲渡人の割合的な持分を、他の者に移転させることです。

 民法には条文上の直接の根拠はないのですが、民法905条が、「共同相続人の1人が遺産分割前に相続分を第三者に譲渡した場合に、他の相続人が、価額・費用を償還することで相続分を取り戻すことができる」という規定があることから、遺産分割前に相続分の譲渡ができるとされています。  

⑵ 手続の方法・期間制限

 相続人である譲渡人と譲受人の合意のみで成立し、遺産分割前であればいつでも可能です。譲渡の相手先は、必ずしも法定相続人や親族等に限定されず、全くの第三者に相続分を譲渡することも可能です。

 相続分の譲渡は、有償、無償どちらでも構いません。

 方式に制限があるわけではありませんが、相続分の譲渡を記載した「相続分譲渡証書」といった書面に、譲渡人・譲受人の双方で署名・押印(実印押印)し、譲受人に対し、譲渡人の印鑑証明書を交付する、ということが一般的に行われています。

⑶ 他の相続人の反対がある場合

 他の相続人の意思・反対に関わらず、譲受人・譲渡人双方の合意のみで成立します。もっとも、第三者に相続分の譲渡がなされた場合には、価格等を償還することで、相続人が相続分を取り戻すことはできます。

 【共同相続人への譲渡:譲受人の相続分の増加】

 以下の事例で、EがDに相続分を譲渡すれば、Dの相続分は2/10(1/5)になります。また、

   

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 【第三者への譲渡:譲受人の遺産分割への関与】

 相続分を譲り受けた者は、相続人ではなくとも、遺産分割に関与し、譲渡人と同様の権利を主張できます。

 【相続債務】

 相続分の放棄と同様、債権者との関係では相続債務の負担を免れることはできません。

 もっとも、譲渡人・譲受人との関係や、相続分譲渡を前提に遺産分割を成立させることになった場合には、相続債務も一切を含めて譲受人に移転させる合意をしていますので、譲渡人は、譲受人や、遺産分割において相続債務を負担することになった者に対して、自身が支払った分の返還を求めることは可能です。

(4) 相続分の譲渡がよい場合

 相続人に特に債務はないが特に遺産について取り分の希望もなく、また遺産分割の手続に関与したくない場合で、特定の相続人の相続分が増えることは望まない・または特定の相続人の相続分を増やしたい、という場合には、相続分の譲渡という手続きがおすすめです。

5 まとめ


 3つの手続を比較すると以下のようになります。

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 「遺産はいらない」「手続に関与したくない」という意向であっても、それぞれ、方法や手続による効果が違います。

「遺産はいらない、手続に関与したくない」、といっても、当事者の意向や想定している内容は様々であり、具体的な状況で、どの手続が適切であるかは、自分で手続きを選択して実行してしまう前に、専門家などに相談した方がよいでしょう。


過去のコラム

●資産管理(相続・信託・後見制度)につきましては、こちらをご参照ください。

●ご売却をご検討の方は、こちらをご参照ください。

●賃貸をご検討の方は、こちらをご参照ください。

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